陸上競技

陸上競技に捧げた我が青春


陸上競技と私

私は自分の事を陸上競技なしに語れません。中学、高校とあらゆる物をそっちのけで陸上競技に没頭していたのです。毎日が練習。練習。そして練習。家にいる時ですら、明日の練習に備えて入浴し、食事をし、睡眠をとっていました。学校の授業中も練習の内容について考えたり、早く走るための方法を考えていました。

私はとても飽きっぽいので、一つの事が数年間続いた事は今のところ、陸上競技が最初で最後です。ですので、私が全力を注ぎ込んだ数年間をとても誇りに思っています。この時に学んだ事や自分を鍛えた事が今の私の礎になっているわけなんです。

きっかけ

私が陸上競技を始めた頃の専門は長距離走でした。このきっかけをはっきり憶えているわけではありませんが、バルセロナオリンピックのマラソンを見ている時か箱根駅伝の応援に行ったときだと思います。

どちらにしろプロが走っているのを目の当たりにした時ですね。この影響から小学6年生の卒業間近になった頃、迷わずに中学に入ったら陸上部入る事を決めていました。

デビュー

と言う事で陸上部に入部したわけですが、小学校の友達の一部は陸上部に入った私を見て笑いました。実はこの時の私は足が遅くて、当然部内では一番の鈍足でしたよ。おまけにかなりデブだったので、およそ陸上部、しかも長距離に相応しい人間ではなかったですね。

それでも負けず嫌いの私はトップを常に目指していました。その時一番早かった人のタイム差を出して1日0.1秒ずつ差を埋めていけば3年生になる頃には抜ける。なんて考えながら、隠れてちょっと多めに練習していましたよ。

その貪欲な気持ちが功となったのか1年生の夏には大幅にタイムを縮めることが出来て、デビュー戦の市内大会では上位に食い込むことも出来るようになりました。まあ、部内の速かった奴には勝てませんでしたが。

調子に乗るな

努力を続けているうちに、ちょっとした地元の有名人になるほどの速さは手に入れることが出来ましたが人間という生き物は調子に乗りやすく練習を妥協してしまう事もあったんですよね。

ただその度に、陸上競技はもちろん、人生においても恩師である人に「初心を忘れるな」と言わんばかりに怒られていました。そんな風に様々な人に支えられながら、つらい陸上競技を続けて行くことが出来ました。

最大の戦績
周りの様々な人に支えながら陸上競技も6年間続けることが出来ました。その中で県大会の決勝に出場することもあったんですよ。でも私にとっての誇りは、そんな誰にでもわかる様な名誉ではありません。決して早かったわけではない私が陸上部に入部してトップを目指した事を何よりも誇りに思っているんです。

陸上競技仲間

陸上競技を通して、私は多くの仲間と出会いました。中学校の部員やOB。高校の部員やOB。彼らの友達、の友達、の友達、の友達…。陸上競技という唯一の共通点でしたが、これ以上ない強いつながりです。

その仲間は時としてライバルとなり立ちはだかります。けれども、それはレースの間だけの話でレースが終わってしまえば勝敗によらず相手を称えます。

そして、一緒に練習していても彼らは時に罵倒するかのように声をかけてきます。私もそのような発言をすることもあります。こうやって、声を出し合って刺激しあい。切磋琢磨しながら成長していきました。

陸上競技は個人競技ですが、けっして一人でやるスポーツではありません。私はメンタルが強い方ではないのですが、よき仲間やよき恩師に出会えたおかげで過酷な競技を続ける事が出来ました。

陸上競技なしで私の人生は語れません。そして、その陸上競技を支えてくれたのが仲間達なのです。この陸上競技でつながった仲間は私にとって決して忘れることの出来ない、人生の財産です。


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